4日目(6月26日)
 秋田-仙台-福島-山形-新庄-東京-町田






 この日の目玉は、秋田-盛岡間の秋田新幹線と山形-新庄間の山形新幹線に乗る事、および山形市散策である。

 秋田新幹線の「こまち号」は、秋田-盛岡間は在来線(田沢湖線)を走り、盛岡-東京間は新青森始発の「はやぶさ号」と結合され東北新幹線
 を走るが、困った事に山形新幹線の起点の福島駅は通過してしまう。 更に「こまち号」(「はやぶさ号」も同じく)ほとんどの列車は全車
 座席指定となっている。 「こまち号」の在来線区間(秋田-盛岡間)は、座席指定がなくても特定特急券で空いている席に座ることができる
 事になっているが、その席の座席指定券を持っている人が現れればその席を立ち退く必要があるので、気分的に落ち着かない。

 そこで私は、事前に秋田発 8:10 のこまち12号で、秋田-仙台間の座席を確保し、仙台で福島も停車し自由席車両がついている「やまびこ号」
 に乗り換える事にした。 ホテルの朝食の時間帯が早かったので、秋田発 7:14 のこまち10号に変更しようとしたが、残念ながら満席だった
 ので、変更は断念した。 

 秋田から盛岡までの在来線区間は単線ということもあり、豪華なこまち号の車両に似合わず非常に遅い。計算すると、秋田-盛岡間 134.9km を
 2時間19分かけて走るので、平均時速は 58.2km/h となり、高速道路を自動車で走るより遅いスピードである。それに比べて、盛岡-仙台間の
 183.5km を39分で走るので 平均時速は 282.3km/h となり在来線区間の約5倍のスピードとなり、2つの区間のスピードの違いを改めて実感した。
 在来線区間には、角館や田沢湖などの観光を楽しめる駅もあり、田沢湖畔へは駅からバスで12分で行く事ができるので、次回に機会があれば
 ぜひとも行ってみたいところである。

 仙台で12分の接続で 10:41 発のやまびこ136号に乗り換える。この席の自由席はガラガラであった。福島に 11:08 に到着。
 ここで山形新幹線のつばさ133号に乗り換えたが、福島-山形間は座席指定を確保していなかったため自由席車両に乗車したが、何と満席で、
 結局福島-米沢間の35分間は立ちっぱなしであった。 新幹線車両で座れなかったのは約30年ぶりの経験であった。
 時間的には、仙台から山形までは仙山線という在来線が走っており沿線の観光地として有名な立石寺(山寺)もあるので、計画時は仙山線にする
 事も計画したが、どうしても福島-米沢間の車窓を明るいうちに見たかったので最終的にはこちらを選択した。
 というのは、奥羽本線の福島-米沢間は急勾配区間で有名で、昔は福島から向かうと赤岩、板谷、峠、大沢という4つの駅がスイッチバック駅で
 あった。これらのスイッチバックは 1990 年に廃止になったが、今でも現存するこの4つの駅でこのスイッチバックの痕跡が見られるのか、を確認
 したかったためである。 帰りもこの区間を通ったが、行き帰りとも、つばさ号がこれらの駅を通過するスピードが速い事、行きは立ち席で帰りは
 日没後だったため駅周辺の風景が良く見えなかった事、などのため、痕跡は良くわからなかった。

 米沢から山形までは平坦な路線で、赤湯、かみのやま温泉などの温泉地を過ぎ、12:44 に山形に到着した。 時間があれば、昔家族旅行で行った
 事がある立石寺(山寺)は仙石線で5つ目の駅なので行って見たかったが、今回は約4時間ほどの山形市内散策で我慢する事にした。

 最初に行ったところは、山形城跡の霞城公園(かじょうこうえん)で、山形駅から徒歩10分くらいで行く事ができる。
 山形城は、最上氏の居城で、最上氏11代当主義光の代に、関ヶ原合戦の戦功により、57万石の大々名となり、実質100万石の城下町として繁栄したが、
 その後最上氏は改易されその跡に鳥居氏が入部するなどしていろいろと変遷があったが、残ったのは二ノ丸塁濠を残すのみであった。
 しかし二ノ丸東大手門は平成3年3月に復原され今は名所の一つとなっている。

 霞城公園の近くに、最上義光(もがみよしあき)歴史館があり、最上氏関連の資料を収集・保管・調査研究・展示している。
 ここにはボランティアガイドがいて、私も少しだけ説明をお願いしたが、ガイドの方が話し好きで熱心だったので、当初の予定より長くこの歴史館に
 滞在する事になってしまった。

    秋田から山形までと山形市霞城公園の写真

 次に、最上義光歴史館から更に20分ほど歩き、文翔館(ぶんしょうかん)へ行った。 文翔館(旧県庁舎及び県会議事堂)は、大正5年に建てられた
 英国近世復興様式のレンガ造りの建物で、保存修復工事の後、一般に公開されたものである。
 ここは 2002 年の夏休みに家族旅行で来た事があるが、その当時と全く変わっていない。 今回はボランティアガイドが内部をいろいろと案内して
 下さった。 私と同じくらいの年の女性のボランティアであったが、私が東京から来たと言うと、「山形は東京と違い人口減になっているので、
 だんだんと活気が無くなっていくような気がして寂しい。」と言っていたのが印象に残っている。

 山形駅に戻り、ここでお土産を買いリュックに詰め込んだ後、16:50 発のつばさ141号で新庄へと向かう。山形までは昔会社の仕事で山形新幹線に
 乗った事があるが、山形-新庄間は初めて乗車する区間である。 しかし東京方面から来た乗客の多くは山形で下車してしまい、山形-新庄間の
 乗客はまばらであった。将棋資料館のある天童や、蕎麦が美味しいと言われている大石田にも下車したいところであるが、山形新幹線の山形-新庄間は
 臨時列車を除けば平均で2時間に1本くらいの本数しかないので、今回は残念ながら下車は断念した。 新庄着 17:40 。

    文翔館と山形市内および新庄駅の写真

 終点の新庄駅で下車後、駅のお土産屋をぶらぶらした後、18:43 発の東京行きつばさ158号で帰路につく。途中、米沢-福島間では、携帯電話網が
 圏外となる地域が多く、車内でインターネット接続ができなかった。 福島を過ぎると新幹線専用レーンとなるので、列車はスピードを上げ東京には
 22:24 に到着したので、その日のうちに自宅に帰る事ができた。

 今回は、ミニ新幹線とも呼ばれている在来線を走る、秋田新幹線と山形新幹線に乗る事ができた。ミニ新幹線は、スピードが遅い点は欠点であるが、
 新幹線専用ではないので在来線を第3セクター化にする必要もないので、確かにこれも1つの選択肢であると思う。


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