2日目 9月25日(月)
 高岡=白川郷=飛騨高山=(自由昼食)=上高地=松本-(JR特急)-新宿




    (2日目の行程。 GPSロガーを使って、ログデータから実際に移動した場所を表示。 
     青色が実際に移動した軌跡。 ただし、松本-東京間は省略)



 この日は、最初に白川郷へ行き、飛騨高山を経由し上高地へ行き、松本から帰路に
 つく、というコースである。
 高岡のホテルを 7:50 に出発し、一部高速道路を経由し 8:50 頃に白川郷のバス
 駐車場に到着した。観光バスとしては、我々のツアーが一番乗りであった。



 (白川郷散策。 GPSロガーのログデータで実際に移動した場所の軌跡を表示)

 白川郷での滞在時間は約1時間ほどしかないので、国指定重要文化財の和田家、
 神田家、明善寺庫裏の3カ所の外観を見る事を優先とした。
 観光バスの駐車場は観光案内所や路線バスのバスターミナルがあるところから少し
 離れた「せせらぎ駐車場」に駐車し「であい橋」を通って白川郷に中に入って行く
 ため前述の3つのスポットでは和田家が最も遠い位置にある。自動車も通る事ができる
 メイン通りを15分ほど歩いて和田家に到着。和田家は、白川郷の世界遺産地区内で
 最大級クラスの合掌造りであり、唯一国の重要文化財に指定されている。和田家は、
 古文書や鑑札などの遺物の記録から番所の役人を勤めながら、煙硝(火薬)や生糸の
 取り扱いを行っており、建物の1階と2階部分が公開されている。
 和田家から更に20分ほど歩いたところに展望台があり行きたかったが、集合時間に
 間に合わなくなるので割愛した。次に神田家へと向かう。神田家は和田家から分家し
 酒造業を興したが、160年以上の歴史を刻む風格ある非常に高い完成度の合掌造り民家
 であった。次の目的地である明善寺庫裏(くり)へ向かう途中、合掌造りの民家の住民
 が畑仕事をしたので、ここは生活の場でもあると改めて感じた。明善寺は集落内の真宗
 大谷派の寺院で、本堂、庫裏、鐘楼と合掌造りのままなのは他に類を見ない。なお、
 庫裏とは元々は寺の台所の事であったが、転じて住職や家族の居間をさすようになった。
 以上3カ所とも内部を見る時間が無かったが、今度は個人旅行でたっぷり時間を確保し
 散策したいと思った。「せせらぎ駐車場」の近くに、野外博物館 合掌造り民家園という
 施設があるが、ここは岐阜県の重文9棟を含む25棟の合掌造りを保存、公開する博物館で
 主屋だけでなく、神社やお寺本堂、水車小屋等があり、主屋は屋根裏まで見学でき、
 広い白川郷を散策するのが難しい人にとっては気軽に合掌造りの雰囲気を楽しめる所に
 なっている。ただし民家園に入るためには別途料金がかかる。

   白川郷の写真

 慌ただしく白川郷を散策後、我々は10時にここを出発する。その頃にはバス駐車場には
 10台以上の観光バスが停車していた。バスは一部高速道路を経由し、11時頃に高山陣屋
 近くの駐車場に到着し、ここからは約1時間半程の自由時間で、各自散策と昼食をとる。




 (高山市内散策。 GPSロガーのログデータで実際に移動した場所の軌跡を表示)

 高山は昨年(2022年)11月に家族旅行で来て高山陣屋も見たので、今回はその時見る事が
 できなかった朝市を見学する事にした。なお朝市は、陣屋前朝市と宮川朝市の両方とも
 正午までやっている。この日の高山陣屋前の朝市には8店ほど出店があったが、時間帯が
 遅いためかお客もまばらであったのに対し、宮川朝市の方は多くの外国人観光客もいて
 賑やかであった。昨年食べることができなかった高山ラーメンを食べたくて食堂に入り
 ラーメンとみたらし団子を食べたが、ラーメンの味はいまいちでみたらし団子の方が
 美味しかった。高山市内では古い街並みを中心にブラブラと散策したが、来月(10月)
 の高山祭で使う屋台が収納されている建物を今回多く目にすることができた。

   高山市内の写真

 高山を 12:35 に出発し、本ツアー最後の目的地である上高地へと向かう。
 上高地は長野県松本市にある日本を代表する山岳景勝地で、年間120万人を超える観光客
 や登山客が絶景を求めてこの地を訪れる。上高地エリアは、4月中旬~11月中旬以外は
 入ることができない。また上記期間でもマイカーは入る事ができず、土日曜や祝日には
 観光バスであっても入る事ができない事があるようである。実際昨日の9月24日(日)は
 観光バスも入場できなかったとの事である。その場合、マイカー用の駐車場からシャトル
 バスで上高地へ入る事となる。今回我々は問題無く観光バスで上高地中心部に入る事が
 できた。今回のツアーで、少し歩きたい人は帝国ホテル前でバスを下車し、のんびり
 したい人は上高地バスターミナルまで乗車するというように2つのグループに分かれた。
 ここからは集合時間まで、完全に自由散策となる。私は、帝国ホテル前で下車するコース
 を選択。




 (上高地散策。 GPSロガーのログデータで実際に移動した場所の軌跡を表示)

 赤い三角屋根が特徴の上高地帝国ホテルは日本初の本格的山岳リゾートホテルとして
 昭和8(1933)年開業。現在の建物は、昭和52(1977)年に建て替えられたものだが、
 スイス・アルプスの山小屋を思わせる赤い三角屋根と、丸太小屋風の外観は創業当時の
 趣そのままになっている。ホテルに宿泊しなくても昼はカフェやランチで利用でき、
 ロビーラウンジで食べることができる上高地オリジナルのケーキは有名との事で、今回の
 ツアーガイドさんもケーキを食べたとの事。私は、帝国ホテルの横から田代橋を渡り、
 梓川の右岸を通り河童橋まで行くコースを選択した。コース沿線には6つのホテルが
 存在しており、途中にウエストン碑がある。明治時代に日本を訪れて北アルプス登山に
 挑んだ、英国人宣教師ウォルター・ウエストンのレリーフで、彼は帰国後上高地の魅力を
 世界に紹介した。彼は信仰の対象ではなくレジャーの登山を日本人に広めたため
 「日本近代登山の父」と呼ばれるようになった。
 ウエストン碑から徒歩で20分くらいで上高地のシンボルともいえる河童橋に到着。
 橋の上からは雄々しくそびえる穂高連峰や岳沢、清冽なる梓川の流れは、すばらしく
 必ずガイドブック等に載っている光景である。この日は天気が良かったので、本当に
 ガイドブックの写真の通りの光景であった。しかし河童橋付近はお店が多く、多くの
 観光客で混雑していたので、更に先に進み小梨平キャンプ場まで行ってみた。当日も
 2~3個のテントが設置されていてキャンプを楽しんでいる人もいた。ここで河童橋
 方面へ引き返し、途中にある上高地ビジターセンターに立ち寄る。ここでは、上高地の
 自然に関する展示や映像の上映や野外での自然教室やレクチャーなどを行っている。
 ツアーでは16時に上高地バスセンターに集合だったが、まだ少し時間があったので、
 河童橋-上高地ビジターセンターを往復したり、バスセンター近くの上高地インフォー
 メーションセンターに立ち寄ったりして、ゆっくりと時間を過ごした。最後にバス
 センターの近くにある「山に祈る塔」に行った。これは北アルプス南部の山で遭難して
 亡くなられた方々の御霊を弔うものであるが、さすがにここには誰もいなかった。

   上高地の写真

 上高地を16時すぎに出発し、松本駅へと向かう。途中は狭い道路が多く運転手は本当に
 大変だと思う。1時間20分程で松本駅に到着。松本 18:40 発の「特急あずさ54号」
 の発車時間まで余裕があったので、駅ビルの食堂で夕食として信州そばを食べる事が
 できた。行きと同じく、八王子や立川で途中下車のツアー客を降ろし新宿には 21:15
 に到着。こうして、念願だった、立山黒部アルペンルートと上高地の旅が実現でき
 しかも天気に恵まれて、とても幸福な気持ちになった。


  
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